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七五三のお祝いにかかせないものは千歳飴。
子ども達の千歳飴の袋を手に持った着物姿は、ほのぼのとして絵になりますね。
千歳飴は、いつから七五三に用いられるようになったのでしょうか。
千歳飴の由来には2つの説があります。
1つは、元禄の頃、浅草で飴売りの七兵衛が、紅白の棒状の飴を、「千年飴」「寿命糖」と名付けて長い袋に入れ、売り歩いたのが始まりと言われる説です。
もう1つは、1615年、大阪の平野甚左衛門が江戸に出て売り始めたという説です。
千歳飴は子どもの長寿を願い、粘り強く細く長い形状で、縁起の良い紅白の飴となっています。
千歳飴の袋にも、縁起の良い鶴亀や松竹梅が描かれ、長寿と健康を願う縁起物となりました。
七五三を控えた時期の多くの神社では、この千歳飴の袋詰め作業が行われてニュースや新聞などで報道されています。
この袋詰めでは千歳飴の他、祝い箸や学業成就の鉛筆、お守りなどを入れているところもあります。
近年は、11月の混雑を避けて10月にお参りする人が増えていることから、この準備も早めになる傾向があります。
レンタル衣装が多くなったため衣装を汚さないよう、長い千歳飴だけでなく、短い千歳飴も販売されています。
千歳飴を入れる袋も、鶴亀だけでなく、キャラクターなどが描かれるようになりました。
また、地域によっては、七五三のお祝い返しとして千歳飴や赤飯、菓子折りを渡すところもあります。
お祝い返し用に、のし袋入りの千歳飴も販売されています。
七五三は11月15日にお祝いする行事です。
なぜ11月15日なのでしょうか。
七五三が11月15日になった由来は三代将軍徳川家光と言われています。
虚弱であった四男徳松(後の五代将軍綱吉)の、5歳のお祝いである袴着(はかまぎ)の儀を、1650年(慶安3年)11月15日に大々的に行ったという説があります。
この日は、当事使われていた暦である宣明暦(せんみょうれき)による「鬼宿日」(きしゅくにち)でした。
鬼宿日は二十八宿(月の通り道にある28の星座)の中で最良の日とされており、今日の大安吉日の元祖とも言われています。
「宿」とは中国で生まれた星座のことです。
月が鬼宿にあった時、お釈迦様が生まれたと伝えられていることから、一番縁起が良いとされているようです。
家光公が我が子を思う心が庶民に伝わり、現代においても11月15日に七五三のお祝いが行われる、と言われています。
また、11月は農作業が終わり霜月祭を行う時期であり、旧暦の11月15日は満月でもあります。
その日が秋祭りを行う日になったことから、子どもの成長を氏神様に祈願する日となった、とも言われています。
北海道や東北地方の一部では、気候の関係から1ヶ月早く、10月15日に七五三を祝うのが慣習となっています。
現在は、あまり11月15日にこだわらず、家族や祖父母などの都合の良い日を選び、お祝いすることが多くなりました。
寒くなる前に、子供もが過ごしやすい日を選んでお祝いするのも良いと思います。
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